5.4 話すことと書くこと
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デヴィッド・ギアリー(David C. Geary)
彼の研究興味の一つは進化にあり、進化心理学におけるライフヒストリーと性淘汰(オス間競争など)の研究を、発達心理学の実証研究と統合することを試みている
例えば、男の子の支配関係と連合行動を理解することは、人間進化の歴史過程においてオス間競争と関連している可能性がある
また、一般知能の進化過程にも興味を示しており、一般的知性の研究と認知的モジュール理論の研究を整合しようと試みている
もう一つの研究興味は数学学習にあり、数学能力の発達や数学学習と数学学習障害のメカニズムなどが含まれている
一連の研究を通して、ワーキングメモリー、情報処理の速度、数字感覚(number sense)は子どもの数学の成績に影響していることを明らかにした
2002年、アメリカ国立小児保健発達研究所(National Institute of Child Health and Human Development)は「数学と科学、認知と学習、発達と障害」というプロジェクトを始動させ、遺伝的要因や、神経生物学的要因、認知的要因、言語的要因、社会文化的要因、教育的要因の、数学と科学能力の発達に対する作用についての研究を進めてきた
彼が率いる認知発達研究室は、数学学習に影響するメカニズムや、数学学習障害を引き起こすメカニズムを解明するための、幼稚園から9年生児童の数学能力の発達を対象とした10年にわたる縦断研究を担当している
ギアリーの著書の中で最も影響力を持つのは"Male, Female: The Evolution of Human Sex Differences"(1994)
総合的進化モデルを用いてヒトの性差の説明を試みた
メスの選択やオス間競争などの性淘汰原則を用いて、動物界の性差とその表現の進化的過程についてシステマティックに論述しているほか、ホモ・サピエンスの性差とその表現の進化的過程についても記述し、解釈を行っている
もう1冊の強い影響力をもつ著書は"The Origin of Mind: Evolution of Brain, Cognition, and General Intelligence"(2004)
彼が提唱する「コントロールへの動機」――本質的に見るとヒトの進化は、個体が直接的な環境に対するコントロールに突き動かされていること――を中心に展開し、多くの科学と社会学における古典的問題、例えば知性をどのように定義するのか、知性と一般的認知能力の神経生物学的なメカニズムは何か、どのタイプの淘汰圧がヒトの脳の進化を促したか、などといった問題に対する説明を提供している
他にも"Children's Mathematical Development: Research and Practical Applications" (1994)
乳児から思春期までの数学能力の発達を考察し、早い段階における数学発達の普遍的規則を論述した他、異なる文化においてこれらの規則がどのように表現されているのかについても説明
本文
ダーウィン(Darwin, 1859)の自然淘汰の原理は、おそらく生物科学史上最も重要な発見
生物科学のあらゆる分野を統合するメタ理論であることがわかっている
ゆくゆくはあらゆる学習理論や心理学のモデル、社会的帰属、臨床的障害等々が、自然淘汰および性淘汰の原理と整合性のあるものにならなければならない
こういったヒト(と、大概のヒト以外の生物)の心理的側面のすべてが進化の過程を直接に反映しているのだと言っているわけではなく、少なくともその発生学的な、そして社会的な発現は、進化的に獲得されたバイアスの複合的な影響を受けるのだと言っている
私の興味は非常に多くの点で、ダーウィンが『人間の進化と性淘汰』(The descent of man, and selection in relation to sex, 1871)において表明したものと似ている
中核問題は、ヒトの心の進化と、ヒトおよびヒト以外の生物種で見られる性差の進化
進化、文化とヒトの心
私が思うに、認知過程と社会的バイアス、およびそれらに関連する脳部位のうち、進化の歴史を直接反映するものと、文化の文脈や経緯に強く影響を受けるものとを区別することは、進化理論を最大限活用するために不可欠
この区別は、進化と文化がどのように相互作用して、心理学者の研究対象である諸現象を作り上げるのかを理解するために重要
私は進化心理学の分野で最初の出版物において、生物学的一次能力と生物学的二次能力として区別した(Geary, 1995)
一次能力は、あらゆる人類文化に見られる、進化によって直接形成された能力で、言語能力などがこれに当たる
二次能力は、読字能力のような、ある文化では見られるけれども他では見られず、一次能力がもとになり、しばしば公教育を経て形成される能力
一次能力の正常な発達のためには、その生物種に典型的な体験(言語能力の例で言えば、同年代の相手と遊ぶことなど)を経る必要があるかもしれないが、子どもが生まれつき持っている注意バイアスや動機バイアスが、そういった体験をもたらす行動への参加をもたらす
動機バイアスは、一次能力のシステムを実際の状況(現地で使われている言語)に適合させるために必要な情報を提供する
言語能力は長期にわたる発達過程を経て形成されるが、圧倒的多数の子どもにとって、この学習は暗黙のうちに、生物種に典型的な社会行動の最中に行われる
私の基本的な主張は、二次能力に対応する知識の大部分が文化に依存し、かつ進化の歴史の上でつい最近現れたということを考えれば、子どもは、二次能力について、上記のような、能力習得に役立つ生まれつきの動機バイアスを持ち合わせていない、というもの
それゆえに、一般に子どもが読み書きを学ぶのは言語学習の過程のかなり後期であるにもかかわらず、読み書きを習得することは子どもにとってはるかに難しい
2歳にもなれば言語の基礎は努力なしに習得される
それから4年を経て、発達的にはより成熟しているはずの子どもが、同程度の簡単な文章の読み書きを努力なしに習得することは通常はありえない
私が提唱したのは、子どもの心と脳と動機システムが、読み書きを自動的に学習するように設計されていないからこうなるのだ、という説
"The Origin of Mind: Evolution of Brain, Cognition, and General Intelligence" (2005)
非常に重要な最初の課題は、生物学的一次能力の分類法を確立すること
具体的には素朴心理学、素朴生物学、素朴物理学の各素朴領域を考えた
これらが基盤システムとなり、そこから二次能力を形成することができる
素朴領域とは、すべての人が持つ暗黙の知識や能力であり、基盤となる生物学的一次脳呂行くと、進化的に子どもが経験すると予期される経験が合わさって生み出される
また、そこからもたらされるフィードバックは、暗黙の知識を実際の状況に適合するように調整する役割を果たす
対応する暗黙知
素朴心理学: 自己と他者
素朴生物学: ヒト以外の生物
素朴物理学: 物理世界(経路探索や道具使用)
特定のタイプの情報を処理するようにバイアスがかかっているのだから、これらはモジュール能力であると言える
しかし同時に、人類進化の過程において、関連情報の変動に対応することが生存または繁殖上の利益をもたらした限りにおいて、これらの能力には一定の可塑性があると予測される
実例を挙げれば、幼児にはヒトの顔に特に注目し、顔の情報処理を促す生得的制約が存在するようだが、この顔処理システムに手を加えることで、個々人の顔を区別できるようになる
ある人(例えば親)とそれ以外(知らない人)を区別する能力が生存と繁殖にとって重要である限り、進化の帰結として、柔らかなモジュール、つまり制約の範囲内で調整可能な生得システムが生まれる
生得的だけれども調整可能な一次素朴能力は、ヒトが生物学的に二次の知識・技能を創造・習得することを可能にする心の一構成要素だが、それだけでは不十分
第二の課題は、ヒトの認知モジュール説を、一般知能に関する100年間の研究成果と統合すること
このことは実質的に、二次能力の習得と創造を補助するトップダウン処理のメカニズムの正体を特定する作業
なぜなら、実証研究から、二次能力習得を最もよく予測するのは一般知能だということがわかっていたから
換言すれば、知能テストの成績を見れば、その人が進化的に新奇な情報(現代の学校で教えられていることの多くがこれに該当する)に対処し、それを学習するのにどれだけの苦労が伴うかが、大体わかってしまう、ということ
まず、進化的に新奇な状況、すなわち世代内と世代間の変動への対処を可能にしたメカニズムを特定することから始めた
研究者によって、一説には気候変動が鍵であったとし、人類が移住し赤道から遠ざかるにつれてその重要性はますます大きくなったと主張している
一方で、それは主として社会の変動であると主張する研究者もいる
私はこの説に賛成
社会的関係や社会動態は、完璧に予測することが絶対に不可能で、それゆえ、特に集団サイズが大きくなるに従って、不確実性の要素、つまり進化的に新奇な要素を含む
私が提唱したのは、多様で変動する状況に人々が対処することを可能とする中核的メカニズムが、自伝的メンタルモデルであるという説
自覚的注意に基づいて(ワーキングメモリーの力を借りて)形成される、状況の心的表象
その中心には、自己と他者の関係や、自己と入手可能な生物学的・物理的資源の関係が置かれる
この表象は往々にして、心的なタイムトラベル、つまり、イメージとして、または言葉で、あるいは個人的体験の記憶として想起される、過去や現在、起こりうる未来の状態のシミュレーションを伴う
自己を中心に据えて過去、現在、起こりうる未来の状態の明示的表象を構築する能力や、そういった表象の内容に対して労を惜しまず推論し問題解決にあたる能力は、ヒト独特のもの
また、抽象的表象に対して積極的に推論し問題解決にあたる能力は、同時に、一般的知能の中核的特徴でもある
社会的競争(に加えておそらく気候変動)が、脳と認知能力の進化を促し、ヒトはモジュール化した一次素朴能力と、それを担う脳と認知のメカニズム(ワーキングメモリー、一般知能、明示的な自己認識などを獲得した
それらの進化的機能は、行動の結果が不確実であるような未来の状況をヒトに予測させ、問題解決にあたらせること
続く論文集、"Educating the Evolved Mind"(Geary, 2007)では、これらのメカニズムが生得的な動機バイアス、文化的歴史、学校教育とどのように相互作用し、生物学的二次学習につながるかを概説した
結果的には、進化教育心理学分野の概説を書く形になった
性淘汰とヒトにおける性差
ダーウィン(1871)の生物化学二台するもう一つの大きな貢献は、性淘汰理論
行動や心理、認知特性における性差の進化を引き起こす生物種内のメカニズムで、同性個体間の配偶者をめぐる競争(同性内での競争)と配偶者の選り好み(異性間での選択)からなる
最もよく見られる作用は、オス対オスの配偶者獲得をめぐる競争と、メスによる配偶者の選択
最もよく起きる結果は、競争や選択の際に有利に働く精巧な形質の進化
性淘汰は進化心理学の研究を始める際に、比較的とっつきやすい手段のように思えた
性淘汰はすでに多くのヒト以外の生物種で研究されていたから
進化の過程で性淘汰が重要な役割を果たしたことを示す指標(例えば、オス間闘争が激しい種ではオスがメスよりも大きいこと)はよく知られている
性淘汰形質の発現に影響する決定的な生物学的条件(つまり、性ホルモン)と社会的条件(例えば、繁殖可能なオスとメスの比率, 実効性比)に関する研究は、今すぐにでも始めることができる
性淘汰と性差の研究に私が惹かれたもう一つの理由は、当時のアメリカと、特に学術界の政治的環境にあった
当時は、いかなる性差もちっぽけで取るに足らないものであって、疑いの余地のなく性差が存在する形質ですらも、社会化される時点で性差が生じるのだ、と信じられていた(今も)
重要なのは、ヒトの性差にほとんど関心が向けられていなかったこと
心理学者は性差に関して100年にわたる研究の成果を蓄えていたのに、それらを体系化し、十分に理解するためのメタ理論を持ち合わせていなかった
進化学関連の最初の著書"Male, Female: The Evolution of Human Sex Differences" (1998)を出版した目的は、この機に乗じて、できるだけ多くのヒトの性差を、性淘汰の傘の下に体系化すること
私はこの仕事に十分に満足できず、増補版の、よりよくまとまった第2版(2010)を出すことにした
より広範で(特に性淘汰と性ホルモンなど至近メカニズムの関係に関して)統合的なものとなり、加えて集団遺伝学や認知神経科学などの分野の、初版出版時にはわかっていなかった最新の知見も盛り込んだ
私の学生と私は、性淘汰と性差に関して今現在どこまでわかっているかを常にフォローアップしながら、若い男性における同性内競争時のホルモン応答や、胎児期における通常の性ホルモン分泌の阻害がシカネズミの性淘汰形質に及ぼす影響について調査している
未来の進化心理学者への助言
進化学と進化生物学に関する主要文献を読め(ダーウィンを読め)
刺激的で第一級の研究が、”American Naturalist" "Proceedings of the Royal Society of London" " Current Biology" "Evolution"、その他の雑誌で発表されている
ヒトの配偶者選択について興味を持ったら、ヒトの配偶者選択に関する主要文献を読むこと
ただし、それだけでなく、他の生物種の配偶者選択に関しても文献を読む
比較研究の視点を持つこと
配偶者選択の詳細は生物種ごとに異なるが、そのような違いの多くを説明できるいくつかの根源的な原理(子が得る遺伝的利益や、子に対する餌の供給や保護など)がある
他の生物種で類似の行動がどのように進化したかに関する一定の理解なしに、人間行動と進化を十分に理解することは困難